母が亡くなって4ヶ月半。
あっという間・・・というより、なんだか遠い昔のように感じてしまいます。
それでいて、まだ信じられないような、相変わらず不思議な感じです。
でもようやく思い出しても泣かなくなり、少しずつ今の生活を楽しく過ごすようになってきた気がします。
という事で。
母が亡くなった後の事を少し記事にして残しておこうと思います。
今後「その後」の記事をいくつかアップすると思いますが、あくまでも自分の記録として残しておきたいだけなので、暗い内容ですしスルーしていただいて構いません。
コメントもいらないですよ~

母が亡くなった2~3日後、病院から電話がありました。
それは父の入院の日が決まったという連絡でした。
母が亡くなる1ヶ月前の9月。
父の大腸癌が発覚しました。
ステージ1という事でそんなに心配はナイらしく、ベッドが空いた時点で手術して悪い部分を取っちゃいましょう・・・って話でした。
かなり悪ければベッド待ちなんてしないだろうし、大丈夫なんだなーと私も思ってたんだけど、母だけはずーっと心配していました。
今メールを読み返してみると、その頃の母のメールは父の事を心配する内容ばかりでした。
叔母たち(母の妹)には「私より先に逝かないで欲しい。あと10年は一緒にいたい」と言ってたそうです
心配症の母なので、この件ではそーとー心配してたと思います。
もっと話を聞いてあげれば良かった。
・・・っていうか、先に逝かないで欲しいと願い、自分が先に逝っちゃうなんて。
偶然とはいえ周りはみんなビックリです。
でも本人が一番驚いてたのかもしれません。
初七日も無事終わり、その一週間後に父が入院しました。
正直、まだ私自身もボロボロで何もする気になれない時だったんだけど、やらなきゃいけない事がいっぱいあり、必死に動いていたような気がします。
一緒に住んでたわけではないので、どこに何があるのかもわからず。
入院準備も「こんなんでいいのかな?」と、かなりテキトー。
父の下着類を買いに行くのも、どんな下着を使ってるのかもわからず下着売り場をウロウロしたり。
あの頃はなんだか全てがわかんなくて必死でした。
大部屋の父の病室へ行くと、ほとんどみんな奥さんが来ていて。
妻を亡くしたばかりの父には、その光景はかなーりキツかったと思います。
寂しそうな父の顔を見てしまうと、毎日病院へ通うのは疲れると思っても、行ってあげなきゃという気持ちになりました。
入院前から、自分もこの手術でそのまま母の元へ旅立つ・・・・と思っていた父。
死んだ後の手続きの話までしっかりしていました(笑)。
「心配ない手術だって言ってたんだから、大丈夫だよー」と言っても、手術当日までずっと旅立つと思っていた父。
多分、寂しさから母の元へ行きたい願望もあったんだと思います。
でも手術後、全身麻酔から目が覚め、切った部分のお腹が痛いだけでしっかり生きてる自分を見て、簡単には母の元へ行けないんだなと諦めたようでした
父が入院中、やらなきゃいけない事が他にもありました。
四十九日の準備です。
父が入院してしまったので、私と姉とでやらざるを得ない状況になってました。
といっても、四十九日の準備なんてやった事もなく、何をするのかサッパリわからず。
でも、とりあえず絶対に当日までに買っておかなきゃいけないものがありました。
「仏壇&位牌」です。
今って仏壇っていろんなものがあるんですねー。
ずーっと昔からあるのは、黒と金の「金仏壇」。
そのあと、木材を生かした「唐木仏壇」。
そして今は「現代仏壇」っていう、家具とほとんど変わらない仏壇もあるんですよー。
色々見て歩き、種類の多さにビックリ
金額もピンからキリまでで、もっとビックリ

この仏壇の話は、話せば長~くなってしまうのでやめますが、いつか皆さんも買う時が来たら、あちこちいっぱい見る事をオススメします。
私は既に自分が死んだ時に買うとしたら、コレ系ね
!とピカに伝えておきました(笑)。
現代仏壇の超おしゃれーな、それでいてちょっと和風な、素敵なのがあったんです
うちの父は残念ながら現代仏壇には興味なかったみたいで、唐木仏壇を選択。
唐木でも、姉夫婦と私たち夫婦とで好みも分かれ、なかなか決まりませんでした。
この時期、仏壇屋巡りをしてる夢を何度見た事か!!!
でも。
いっぱい見てると、いつかは出会うものですね。
「あ。これお母さんっぽい
」ってものに。
この仏壇に関しては、全員一致で「いいかも」と思えました。
ただ簡単に買える金額ではないし、父は「任せるよー」なんて言ってるけど最後は決めてほしくて、入院中だったけど外出許可をもらい見てもらいました。
そして父も一発OK。
唐木仏壇の紫檀のもみじ柄。
扉を閉めるともみじがいっぱいで、紅葉の時期に亡くなった母にピッタリな、そしてとっても優しい雰囲気の仏壇なんです。
扉を開けても両側に折り畳んで、左右それぞれにこの縦1枚分の扉が見えるようになってます。
ようやく仏壇やお位牌が決まったのは、四十九日の10日前くらい
ギリギリなんとかなりました。
そして父も3週間ちょっとの入院生活を終え、四十九日の1週間前に無事退院。
その後は、四十九日を自宅でやる予定だったので、仕出しの予約やお花の注文などをして、なんとか当日を迎えたのでした。
この時期の事は、今思い出してもほんっと忙しかったなぁ・・・って思います。
よく「四十九日まではバタバタして忙しい」と聞くけど、それプラス父の入院があったので、バタバタどころじゃなかったです
最近のコメント